うどん県に行ってきた Part6

屋島の脇道から戻って、さっきの屋島寺の横を歩いて抜ける。
途中、お土産屋さんが並ぶ一角もあったりするわけだが、

売ってる物を見ると…
んー…微妙www
わざわざ荷物増やしてまで買いたいと思える物がw
つかその、ここが日程の最後なら買っても良かったかも知れないが、何ぶん今回は先が長い。

特にうるさく客引きしてくる訳でも無いのでそのままスルーして、
「獅子の霊厳」という屋島西岸の展望台に出る。

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高松の街が一望。絶景絶景。
で、ちょっと悪戯心出して、デジカメのズームの性能テストなんぞをw

昨日見た高松城の月見櫓に寄って…
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さらに寄って…
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三脚でもありゃだいぶ違うんだろうが、手ブレを押さえるの大変だったですw

ちなみにここでは、屋島の合戦の際に源氏の将兵が陣笠を投げて勝鬨をあげたとされる故事より、
かわらけ投げというのができるんだが、スルーした。
…そいや、鎌倉にも岩に素焼きのかわらけを叩きつけて割って厄払いする神社あったなw
鎌倉武士のストレス解消法なのか、かわらけ投げw

でまあ・・・このあたり、さっきもちょっと書いた廃屋が建ち並んでたところらしいのだが、
今では廃屋ではなく空き地が目立つ。
で、この辺に一軒だけ残ってるホテルがあるんだが、これも改装してるみたいで
工事の人が来て何やらやっていた。
見ての通り景色は良いので、キレイな建物になれば売りにはなりそうだな。

で、さらに進むと水族館。
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んー・・・これもまあいいや、スルーw

さらにさらに進むと…
今度は「談古嶺」と呼ばれるところに出て、まさに屋島東岸の古戦場が真下に見える。

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屋島と言えば、さっきも書いた通り那須与一の扇の的の話が有名な合戦。
教科書では、那須与一が的を射貫いて敵味方共に感嘆したところで終わってるんだが、
実はこの話続きがあって、平家の武者が射貫いた扇の下で舞を演じて称えようとしたら、
源義経が那須与一に「アイツも撃て」と命令し、実際に射落とされてる。
当然平家の方は怒って戦闘再開になり、「義経の弓流し」の話に繋がるという。

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個人的には源義経という人、日本史上屈指の戦術家とされてるが、
その強さの理由は、良くも悪くも当時の武士の常識から外れ過ぎな発想をしていて
敵方(場合によっては味方も)がその発想を予想できなかったって点だと思ってる。
ただその・・・義経さんの場合、戦場ではその常識外れな点が戦術として良い方面に機能したが、
兄の頼朝さんが考えてた戦略的な部分については理解できていなかったとしか思えず、
それが、後の奥州藤原氏も巻き添えにしての悲劇に繋がると思っているのだが、まあそれは別の話で。

ともあれ、しばらく合戦場を上から眺めて屋島寺のほうに戻ろうとしたら・・・
この辺で最後に残った廃墟と思われるホテル跡が。
まあ、さっきも書いたとおり廃墟探索の趣味は無いんだが、入り口近くに古いゲームが置いてあって、
「お?」と思って見てみたら・・・わお。

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「G-LOC」って、R-360に入ってたアレやんw
さすがにあの360度回転筐体ではないようだが、前作の「アフターバーナー」もひっくるめて
嫌ってほどハマったぞ、懐かしい~www
まだ動くのなら欲しいくらいだ。(どこに置くんだこんなもんwww)
あ、ちなみに廃墟の中には入ってないぞ。
ガラスが割れてたんで手だけ突っ込んで写真撮ったけど。

とまあ、最後の最後にアホな事を言いつつ、屋島を後にするのであったと。
さてさて・・・では高松に戻って、次のところへ移動しようかね。
(続く)

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