五角形

というわけで…五稜郭公園前まで戻る。
実際の所、現在の函館中心街はこの五稜郭近辺な訳で
今まで見てきたのは旧市街地。
まあ…アッチはアッチで面白かったんだが
活気というか、賑やかさはこっちのが上だ。

で、五稜郭へ向かう途中の道端に何かある。

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「何じゃらほい?」と見てみると…

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んー・・・何が「ふしぎ」なのだかよく分からんが、
まあ、幸運は昨日の競馬でかなり使っておるわけで
足しておくに越したことはないw
てなわけでベタベタ触ってきましたwww

で、さらにテケテケ歩いて・・・五稜郭公園に到着。

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ここの場合、中世の「城郭」というよりは
近世の「要塞」と言った方が近い遺構であって、
やはり今まで見てきた色々なお城とはだいぶ趣が違う。
高い建物もなく、石垣もそれほど高くない。

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と、そんなことを思いつつ城内に潜入。

         ____
       /  ./  /|    こちらスネーク。
     _|  ̄ ̄ ̄ ̄.|  |___    五稜郭に潜入した。
   /  |_昆布醤油.|/  /     
    ̄ ̄~  |し  |  ̄ ̄
        し⌒ J

まあ、天守がない理由は分かる。
中世の軍隊が相手であれば、天守を作って
高いところから攻撃すればそれだけで有利だったんだが、
五稜郭が作られた時代になると、
高い建造物なんか作った日には大砲の的にしかならん訳で…
実際、会津若松城とか大砲で撃たれまくってえらい事になってるし
そういう意味では確かに進歩しているんだけども・・・
こんな事を言っては悪いんだが、
箱館戦争で旧幕府軍が立て籠もった時に思いっきりポカをやってる。

…それがこれ、函館奉行所。

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ちなみに、これは3年ほど前に三分の一程度の復元が完成した
再建構造物だが、復元度は非常に高いとのこと。

ともあれ…実は新政府軍が五稜郭を攻めたときに
この奉行所の特徴的な屋根が絶好の砲撃目標になっちまったらしい。
で、慌てて取り外したのだが
この時点で射撃角度がかなり正確に知られちゃって
後は城内に砲弾雨あられになっちまったと。
...つか、どうも軍事施設であり政庁でもある中世の城郭のイメージが
旧幕軍にガッツリ残っちゃってて
軍事施設を分離するという発想がなかったみたいで。
つか、どうも旧幕軍ってこの手の呑気なポカが多くて、
これじゃ勝てる物も勝てないんじゃねえかと思っちまうわけで。

いやそのお…歴史的建造物として復元されたのは素晴らしいと思うし
断じて復元にケチを付けるつもりはない。
ましてや、旧幕軍をバカにするつもりもないんだけどさ。

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ただまあ、五稜郭自体も予算の都合でだいぶ計画が縮小されてたようだし、
そもそも兵力差もありすぎてて、いずれは落ちる運命にあったのは確かなようで…

んー・・・何かせっかく来たのに、五稜郭を腐してばっかりな気がするな。
決してそんなつもりは無いんだあっ!
いや、ホントに!マジに!!

ま、まあ何はともあれ…
個人的には奉行所の残り三分の二も復元して欲しいもんだな。

続く。

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